デス・オーバチュア
第130話「断罪のクァイア」




斬れぬ刀で皇鱗を嬲り続けていたメディアは、突然背後を振り返り、皇鱗に背中を向けた。
直後、轟音と閃光と共に空から飛来する八つの星。
自分を狙ってくる八つの星を、メディアは斬奸刀(ざんかんとう)『砌(みぎり)』の居合いで全て打ち落とした。
打ち落とされた星々はメディアと皇鱗を包囲するように周囲の大地に突き刺さる。
星の正体は八本の『矛(両刃の剣に長い柄をつけた武器)』のような武器だった。
「それは未完成品……フェイバリットウェポンというにはいまだに程遠い武装……」
分厚い書物を片手で開いて持ちながら、ゆっくりと修道女が歩み寄ってくる。
修道女は素手である右手を上げた。
すると、大地に好き刺さっていた矛のうち四本が独りでに抜け、引き寄せられるように修道女の右手に集まっていく。
四本の矛は柄先同士が接合し、十字の巨大な手裏剣(東方の投擲武器)になったかと思うと、全ての柄が縮んでいき、四つの両刃でできた白銀の十字架と化した。
修道女は十字架の中央、僅かに残った柄の部分を鷲掴みにするようにして、右手に装備する。
「とりあえずクロスランサーと名付けたわ。捻りがない? いいのよ、まだ仮名なんだから……」
修道女が分厚い書物を閉じると、書物は始めから存在していなかったのように消滅した。
修道女は今度は左手を上げ、残り四本の矛を引き寄せ、二つ目の両刃の十字架を作りだし左手に装備する。
「というわけで、久しぶりね、メディアちゃん。もっとも、バーサーカー状態のあなたには私が誰かも解らないでしょうけどね〜」
「ああああああああああああああああああああっ!」
メディアは、俯せに倒れて微動だにしない皇鱗を無視して、修道女に襲いかかった。



メディアの居合いはかなり特種な攻撃手段である。
鞘に収めたままの長尺刀に力を溜め、一気に爆発するように解き放つのだ。
抜刀、数十〜数百回斬りつけた後、鞘に戻す。
この全ての動作が、一秒以下、常人の目では捉えられない速度で行われるのだ。
しかし、それは相手に刃を受け止められないという前提の上に成り立つ攻撃である。
今、メディアの刀は修道女の左手の十字架に受け止められ、その刃を初めて人目に晒していた。
「斬奸刀『砌』……素材自体はあなたのメスとおなじ神銀鋼……聖属性の超高比重金属に過ぎない。地上の物質なら何でも豆腐のようにスパスパと切断できるでしょうね」
神々の世界の物質である神柱石すら上回る鱗を持つ皇鱗が例外なのである。
砌はメディアという実力者の手にある今なら、強度的に僅かに上回るオリハルコンすら容易く両断可能だった。
「ちなみにこのクロスランサーは神銀鋼とオリハルコンの合金、比率は7対3ってところかしらね?」
修道女は左手の十字架で砌を跳ね上げると同時に、右手の十字架をメディアの腹部に突き刺す。
メディアの吐血が修道女の頭に降りかかった。
「オリハルコンを混ぜた一番の理由は、サイズや形態を私の意志で変化可能にさせるためよ!」
十字架の左右が縮んだかと思うと、メディアに突き刺さっていた先端が爆発するように伸び、彼女を貫いた。
「ちなみに、こんなこともできる」
修道女が左手の十字架を半回転させると先端(元々は腕の内側に来ていた刃)が二又に割れ、又の間に機関銃(マシンガン)の銃身が姿を見せる。
「FIRE!」
修道女は迷わず機関銃をメディアに向けて砲火した。
無数の針のような弾丸がメディアを無惨に撃ち抜いていく。
「どこかの覇王みたいに雷のエネルギーを弾丸として撃ちだすなんてことはできないから、火薬を使わなければいけないのよね……その辺の調節がいろいろと大変だったり、ネックだったり……」
修道女が話しているうちに砲火が収まった。
「剣としても使いたいからあまり内蔵の銃身を太くもできないし、弾数もご覧のとおりたいして無い……本当、まだまだ改良の必要ありね」
修道女は十字架の分かれた又を閉じ、元の両刃に戻す。
いつのまにか右手の方の十字架も元の長さの十字架に戻っており、蜂の巣と化したメディアの体から引き抜かれていた。
修道女はメディアに背中を向けると、宙に十字を描く。
「悪いけど、しばらく死んでいてね、メディアちゃん」
次の瞬間、メディアの体が十字に切り裂かれて崩壊した。



四分割された蜂の巣の肉塊。
メディアは間違いなく死んでいた。
だが、彼女は体に流れるナノブラッドによって、しばらくすれば肉体を復元させ蘇るだろう。
「まったく、命の重みを台無しにしてくれるわね〜。お医者さんのくせに……」
まあ、だからこそ、蘇ると解っているからこそ、遠慮なくぶち殺して動きを止めることができたのだ。
殺さずに暴走したメディアを止めるのは難しい、不可能といってもいい。
一度血の暴走をしたメディアは目につくもの全てを殺し尽くすか、自分が殺されるまで決して止まることはないのだ。
「さて……もう死んだふりやめていいわよ、異界竜の雛ちゃん〜」
「…………」
しばらくの間の後、皇鱗はゆらりと起き上がる。
「誰がヒヨコよ……」
皇鱗はうんざりとした感じの表情をしていた。
別に最初から死んだふりをしていたわけではなく、修道女の登場でメディアが攻撃をやめる頃には、彼女は半ば気を失いつつあり、メディアの興味が自分から外れたと確信した瞬間、完全に気絶したのである。
そして、意識を取り戻したのも、メディアが十字に切り裂かれる直前のことだった。
「…………」
皇鱗にとって驚異であったメディアは死んだようだが、そのメディアを殺したあらたな驚異が自分の目の前に居る。
「……で、あなたもわたしを虐めるの……?」
「うふふっ、可愛がるって言って欲しいわ。もうちょっとクロスランサーの実戦テストもしたいしね〜」
「ああ、もう……解ったわよ! やってやるわよ! やればいいんでしょう!」
皇鱗は普段のどこか媚びた感じの口調ではなく、まるで皇牙のような乱暴な女言葉になっていた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
皇鱗は咆吼のような声を上げると、体中から青い闘気を放出させる。
「残りの闘気をフルに振り絞ったか。まだそんなにパワーが上がるのは流石だけど、メディアちゃんに与えられたダメージは回復不能なほどに深刻みたいね」
「ほざけぇぇっ!」
皇鱗が飛びかかるのと、修道女が右手の十字架をマシンガンとして発砲するのはまったくの同時だった。
「そんな鉛玉が異界竜に通じるかっ!」
皇鱗は避けようともせず、全身で弾丸を浴びながら、右手の爪を修道女に斬りつけてくる。
鈍い音が響き、皇鱗の爪は、修道女の左手の十字架で受け止められていた。
「斬れない!? わたしの爪で!?」
あえりない。
オリハルコンどころか、例えこの十字架が神柱石でできていようと、残る闘気を最大限に込めたこの爪で切り裂けないはずがないのだ。
「怒りにとらわれ、自分の本来の戦闘スタイルまで崩す……本当、まだまだ雛ちゃんね〜」
修道女は右手の十字架の二又を皇鱗の腹部に突き立てると、迷わず砲火する。
「がっ! ああっ!」
メディアの斬撃に比べれば大したことのない、チクチクとした痛みが腹部に走った。
「やっぱり、通じるわけないか? まあ、始めから解ってはいたけどね〜」
修道女は弾丸を撃ち尽くすと、十字架の又を閉じ両刃へと戻す。
「じゃあ、次は打撃テストといきましょうか?」
「うっ!?」
修道女は両手の十字架で皇鱗を滅多打ちにしだした。
皇鱗の体は破砕もしないし、斬れもしない、だが、メディアの斬撃と同じように一撃ごとに凄まじい衝撃と激痛だけが走る。
「……な、なんでよ!? なんで異界竜のわたしより『強い』者がこんなにゴロゴロいるの!?」
「それは違うわよ。私もメディアちゃんもあなたに比べれば雑魚、塵芥のような存在に過ぎないのよ。ただあなたは強者な素人、私達は弱者な手練れ……それだけよ」
修道女の姿が消えたかと思うと、皇鱗は背後から後頭部に衝撃を受けた。
「何なの、その速さ!?」
「瞬発力は遙かにあなたの方が上よ。というか、人間に過ぎない私とあなたじゃ比べ物にすらならないわ」
「じゃあ、なんでわたしがあなたの姿すら捉えられないのよ!?」
修道女の姿は皇鱗の視界から完全に消え去っている。
衝撃だけが死角から襲いかかってきていた。
「次は投擲テスト」
跳躍する音。
皇鱗が音の方向を振り返ると、修道女の姿は遙か上空にあった。
二つの十字架の柄が伸びる。
修道女は巨大な十字手裏剣と化した十字架を少しズラして重ね合わせ、八つの刃を持つ投擲武器「八方手裏剣」を作りだした。
「エイトランサー!」
修道女は自分より巨大になった八方手裏剣を高速回転させて、皇鱗に向かって投げつける。
「……調子に乗らないでっ!」
皇鱗は、青く輝く闘気弾『夢幻泡沫(むげんほうまつ)』を作りだしていた。
おそらく、あの八方手裏剣の直撃を受けても、かなり痛いだけで、耐えきることはできるはずである。
だが、もう痛い思いをするのはごめんだ。
飛んでくる八方手裏剣ごと、あの修道女も跡形もなく消し飛ばしてやる。
皇鱗にはもはや周りの被害を気にする気すらなかった。
今作れる最大の威力の夢幻泡沫を遠慮なく作り出す。
この威力なら、例え上に向かって撃っても、余波だけで地上もただでは済まないことは解っていた。
「そんなこともうわたしの知ったことじゃないっ!」
ある意味、皇鱗はとっくにキレている。
理性的という名の余裕が、度重なる屈辱と苦痛によって消し飛んでいた。
皇鱗は怒りのままに、最大威力の闘気弾『夢幻泡沫』を解き放つ。
夢幻泡沫は降下してくる八方手裏剣を目指して上昇していった。
八方手裏剣と夢幻泡沫の激突の瞬間が迫る。
夢幻泡沫はそのまま、八方手裏剣を呑み込み、修道女も呑み込んで大爆発……するはずだった。
「なあああっ!?」
激突の直前、八方手裏剣が、八つの矛に分離し、夢幻泡沫を回避したのである。
そして、八つの矛は皇鱗に雨のように降り注いだ。



皇鱗の体が強固すぎる異界竜の鱗でできていなかったら、彼女は八つの矛で串刺しにされていただろう。
八つの矛は命中した皇鱗の体に跳ね返され、周囲の大地に突き刺さっていた。
「……い……痛い……痛いよ……お姉ちゃん……」
皇鱗は矛に包囲され、顔を伏せて蹲っている。
「もう嫌だよ……こんなの全然楽しくないよ……人間なんて塵以下の雑菌なのに……わたし達の暇潰しの玩具なはずなのに、どうして、わたしの方が弄ばれるの!? どうしてわたしを虐めるの!? うわあああああん!」
皇鱗は勝手なことを喚くと、泣き出した。
「自分勝手というか傲慢なセリフなはずなのに……なんか本当にこっちが虐めているみたいに思えてくるのが質悪いところね……」
泣いてる皇鱗は本当にまだ十歳ぐらいの幼い女の子にしか見えない。
「なんかこれ以上嬲ったら、私のイメージ悪くなりそうだし……仕方ない予定変更して次で終わりにしましょうか」
修道女は八つの矛を引き寄せ、二つの十字架を再構築させた。
皇鱗はいまだに泣き続けているだけで、その場から動こうともしない。
「可愛い外見しているって得よね〜。相手を加害者にして自分を被害者にしやすいもの〜」
冷静に最初から状況を考えるなら、皇鱗の方がこの場に居る者達に理由無く問答無用で襲いかかってきた加害者だったはずだ。
それなのに、今は自分の方が加害者、幼い女の子を虐めている悪人みたいに思えてしまうのだから……こんなに理不尽で質の悪い話もない。
「でも、これの実験台にはなってもらうわ。だって、これの実験台なんて異界竜か魔王でもなきゃ物足りないもの」
修道女は十字架を持ったそれぞれの両手を皇鱗に向かって伸ばした。
十字架の左右が伸び、下を向いていた左側の先端が大地に突き刺さり、十字架を固定する。
さらに、皇鱗の方に突きつけられていた先端が伸びると同時に二又に分かれた。
「レールの長さはこれくらいが限界ね……EML起動開始……」
物凄い長さになった二又の間に強烈な電流が環流……流れ巡っていく。
「異界竜の雛よ、私があなたを断罪してあげる。その胸で罪の痛みを知りなさい……クロスクァイア!」
極超音速域の初速で半ばプラズマと化した針状の弾丸が、二つの十字架から同時に発射された。



クロスクァイアの発射時の衝撃波によって発生した騒音で、メディアは目を覚ました。
「……あれ? 私、確か……て、なんで、あなたがここに居るのよ!?」
メディアは自分に何が起きていたかなどということよりも、その人物の存在にひたすら驚く。
「やっぱり問題はジュール熱か……超伝導物質を砲身にしても、プラズマによる加熱被害は避けられないし……臨界状態を維持するための機構を……」
その人物は、長いレールを持つ奇妙な二つの兵器を眺めながら、ブツブツと何か呟いていた。
「……ねえ、なんで、あなたがこんな所に居て、わたしが気を失って……多分、死んでたんだと思うけど……なんて感じの状況になっているのかしら?」
メディアはその人物に歩み寄りながら、尋ねる。
「……あ、生き返ったの、メディアちゃん? 案外蘇生に時間かかったわね、もしかして、ちょっと殺しすぎちゃった?」
「……やっぱり、わたしを殺したのはあなたか……」
修道女はメディアの存在に気づくと、それだけ言って、再び視線を奇妙な兵器に戻してしまった。
「……で、何、そのがらくた? 昔から言っていた、あなた専用の新しい武器? 結局重火器にしたの? 重火器は接近戦闘がどうとか、弾数制限がどうとか文句言っていたのに、そんな馬鹿でかい大砲にしたわけ、結局は?」
間近で見ても、これがどういう兵器なのかメディアにはよく分からない。
例えるなら、十字架の長い方の先端を真っ二つにしたようなものか……それにしたって先端の長さがあまりに異常だが……。
「失礼ね〜。これは、これ一つで斬る、刺す、撃つ、投げるとあらゆる武器の要素を併せ持つパーフェクトなフェイバリットウェポン…………を目指す試作品よ」
「試作品ね……そういえばあの頃から、銃と剣が混じったような武器よく作っていたわよね……」
「ええ、これもあの流れを汲んでいるわ。もっとも、暴発やら装薬の排出の問題やらで、KEWには限界を感じていたから、メインはEMLに変えたけどね」
「EML……なんだっけ、それ?」
「お馬鹿さんね、メディアちゃんは。EMLはElectromagnetic Launcherの略、つまり、電磁飛翔体加速装置のことよ」
修道女は人差し指をびっと立てて、できの悪い生徒にレクチャー(講義)する先生のような態度だった。
「ちなみに、KEWはKinetic Energy Weaponの略で、火薬等の化学エネルギーを利用した運動エネルギー兵器……つまり普通の重火器のことを指す。こんなの常識でしょう?」
「KEWぐらいなら覚えている……どっちにしろ専門知識だと思うけどね……あんまり専門用語は使わないでよ、私の専攻は医療であって、兵器学じゃないんだから……」
「ああ、そうだったわね。でも、まさか、電磁飛翔体加速装置がなんだかまったく解らないなんてお馬鹿さんなことは言わないわよね?」
修道女は慈愛の女神のような優しさに溢れた笑みを浮かべてる。
だが、メディアにはその笑みはただの意地の悪い笑みにしか見えなかった。
「電磁……加速……つまり、レールガンのことでしょう? 我が西方でもまだ兵器として実用段階じゃなかったはずだけど……」
「ええ、供給される電力が大きくなると、弾体が伝導体であることに問題が生じてくるのよ。メガジュール・ギガジュール級以上のエネルギーが流れ込むことで、電気抵抗がもたらす熱で弾体が気化、果てはプラズマ化しちゃう……この問題がネックだったのよね。まあ、私の場合、射出する弾体に絶縁体を用い伝導体でコーティングすることで解決したけど、砲身(レール)にも同様の問題が起きてね……こっちの処理はいまだ不完全なのよね」
修道女はペラペラと饒舌に聞いてもいないことまで語り出す。
「とはいえ、大方、西方の研究所でもまだ、レールと弾体の摩擦で加速がうまくいかなかったり、実用的な発電器の生産すらままならないと思うから、わたしの技術は最新技術の百歩は先を行っていると思うわ……別に自慢しているわけじゃないけどね」
メディアは、自慢しているだろう!とツッコミを入れたかったが我慢した。
なぜなら、下手にツッコミ……というか反論すると、この女はさらなる反論を三倍にして返してくるからである。
「電磁加速によってのみ高初速を得ようとするよりも、火薬などによって予備加速をした上でローレンツ力を付加する方が効率が良いって言う、ハイブリッド方式の有効性は認めないわけじゃないけど、それじゃ看板に偽りありでしょう? 火薬は完全に排除してこそレールガンとしての……」
修道女は再びEML……レールガンについての講義を始めていた。
まずい、このままだとレールガンについての講義が数時間に渡って繰り広げられてしまうには違いない。
メディアは慌てて話題を変えることにした。
「そういえば……ここに変な生物の女の子が居なかった? わたし、その子と……」
「ああ、異界竜の雛ちゃんね……それなら両腕を吹き飛ばしたら、逃げて行ったわよ。捕まえておかなきゃ駄目だった?」
「あの生物の腕を吹き飛ばした!?」
スカーレットのオルサブレイズでも、メディアのブラッディジェノサイドでも、一切損傷を受けなかった超生物の腕を吹き飛ばしたなどとても信じられない。
「流石、異界竜よね。クロスクァイアの直撃を、闘気を集中した両腕だけの犠牲で耐えきるんだもの。あれにはびっくりしたわ」
「……わたしはあれの腕を吹き飛ばせる武器を作ったあなたにびっくりよ……」
「しかも、その後、失った腕をトカゲの尻尾みたいに再生したのよ、流石爬虫類ね〜」
修道女は何が楽しいのか、あくまで上品に大笑いした。
「爬虫類……竜族に対してのNGワードNO1ね……」
「ええ、私がそう言ったら、泣きながら怒って……でも、流石にもうダメージも消耗も限界だったのか逃げちゃったけどね」
「あれ、異界竜だったのね……ていうか……」
化け物中の化け物である異界竜を追い返す人間の女……。
「相変わらずね、あなた……」
この女にだけは適わない、この女とだけは深く関わりたくないとメディアは改めて思った。
「メディアちゃんはあの頃より美人になったわね〜」
修道女は地面に転がっていたレールガンを元の十字架に戻すと、手品のように掻き消す。
そして、代わりのように、修道女の左手には分厚い書物が出現していた。
「……聖書? コスプレじゃなくて、本当に修道女なんて始めたわけ?」
「ええ、ブックカバーだけ聖書よ。中身はテオゴニアだけど」
「えっ?」
修道女の掌の上で聖書が独りでに開く。
「まあ、私もあなたも運が良かったのかもね、あの異界竜は不完体だったから……もし、完全体だったら例え雛ちゃんでも私達ごときの手には余ったわね」
「ちょっと、それってどういう……」
「もし、逃げ帰ってくれないで、半身を呼ばれたらヤバかった……てお話。じゃあね、私はもう用があるから行くから……後はよろしくね〜」
「待ちなさ……」
修道女は聖書の『中』に飛び込んで消えた。
主人を呑み込んだ聖書は独りでに閉じたかと思うと、手品のように空間から消滅する。
「何の説明も無しに逃げられた……」
聞いてもいないレールガンについての講義は散々聞かされたというのに、あの修道女はなぜ自分がここに居たのか、何しに来たのかなどは一切話さずに消えてしまったのだ。
「それにしても、前から思っていたんだけど、あの人…………どこがドールマスターなのよ?」
サイエンスマスターとか、ブックマスターとか、ペーパーマスターとでも名乗った方がまだしっくりくる気がする。
なぜなら、彼女が姿をくらます前、訳の解らないがらくた……主に武器などを弄っている姿は何度も見たが、彼女が人形を作ったり、連れ歩いている姿は一度たりとも見たことがなかったからだ。
それなのに、彼女は『ドールマスター』なのである。
知恵者、賢者、この世の全てを知る隠者、テオゴニア(神統記)を持つ女……彼女の異名はドールマスター以外にも、数え切れない程あった。
そして、その全ての異名は間違ってはいない。
なぜなら、彼女間違えなく知恵者であり賢者……この世の人間で唯一人『全知』を持つ隠者なのだ。
魔導師、錬金術師……あらゆるカバリスト(真理探求者)達が目指す最終到達地点に彼女は居る。
目指して辿り着いたわけでもなく、望んだわけですらなく、ある日、テオゴニアに勝手に選ばれて、勝手に押しつけられたのだ。
この世の全ての知識を……。
「そのわりには、なんで研究とか実験をしているのかしらね?」
前々からそれが謎だった。
この世の全ての知識があるのなら、試行錯誤などというものがあるはずがない、何でも予め解答を知っているはずである。
『宇宙、虚空、ホワイトノート、最適化、果て無きもの、始まりからあるもの……まあ、そんなところなのよね〜』
以前、メディアがその質問した時はそんなわけの解らないセリフしかあの女は返してこなかった。
「……まあいいわ、縁があればまた会うでしょう」
ホワイトに居たということは、案外リーヴの所にでも用があった、あるいはこれからあるのかもしれない。
「とりあえず、ドールプリンセスの所にでも戻りましょうか。歓迎されないだろうけど……」
ドールマスター、彼女の師匠に会ったことを報告してやるという正当な『口実』はできたのだ。
「……ん?」
メディアの視界に、アンベル達機械人形達の姿が映る。
「……ああ、すっかり彼女達の存在を忘れてたわ……」
まずは、彼女達といろいろと話をつけるのが先だと思い直し、メディアは彼女達の方に歩き始めた。



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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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